沈金に宿るいのち
八王子で生まれ育った春日さん。幼少期は空き地での遊びや愛犬との暮らしを通じて、自然や動物との深いつながりを育んでいった。「小学生から中学生にかけては、動物園の飼育員に憧れていました」。子どもの頃に培われた生き物への愛着は、現在の創作活動にも色濃く反映されている。
作品のモチーフに動植物が多いのは、意図的な選択というよりも自然な流れだという。心に浮かぶイメージを追うと、おのずと生き物たちの姿にたどり着くのだ。
時の流れそのものを作品に織り込んだ《己》は、創意あふれる表現を追究した作品だ。ミミズクの羽に施された銀粉は、歳月とともに色味を変えていく。「漆工芸である沈金の作品は、10年、100年と生き続けるんです」と春日さんは語る。
「同じ作家の手によるものとは思えない」。《己》と《鏑木清方作「一葉女子の墓」一部模写》を見た人々からのこの言葉は、春日さんのゆたかな表現力を如実に示している。
「作品を見る人に対して、『生きてほしい』し、生きるということを感じ取ってもらえたらいいなと思いながら制作しています」。このような願いは、輪島漆芸研修所の研修生時代から、いや、大学受験期からずっと春日さんの創作の核となってきた。作品を通じて生きることの実感を伝え、見る人の人生を後押ししたいという想いが伝わってくる。
このメッセージへのこだわりは、春日さん自身の経験に裏打ちされている。かつて創作に没入するあまり、自身を追い込みすぎてドクターストップを受け、7年もの活動休止を余儀なくされた経験を持つ。命を削るようなストイックな制作姿勢だからこそ、生きることへの鋭敏な感性が育まれたのかもしれない。
ただし現在は、「自分のペースをつかんで制作している」と語る春日さん。その表情には穏やかな笑みが浮かんでいた。